ひとつのものをだれかと共有する。
とっても素敵なことですよね。
読み聞かせも。
読む人と聴く人、ひとつのお話を共有するっていうことですよね。
お父さんやおかあさん。
先生。
おともだち。
読む人が変わると、なんだか違うお話みたいに聞こえたり。
ひとりで聴いている時と
みんなで聴いている時と
なんだか感じ方も違ったり。
このおはなしも、そうやってたくさんの人たちの元へと届いてくれたら嬉しいです。
このおはなしを「読む」ときに、ひとつお願いがあります。
この本にはルビがふってありません。
それは、この本に出てくる漢字がまだ読めないくらいの子にはひとりでこのおはなしを
読んでほしくないからです。
このおはなしは、悲しみや苦しみの感情だけを与えよう、というおはなしではありません。
「どうしてこんなことになってしまったのだろう」
「どうしたらいいのだろう」
「なにができるかな」
そう考えてほしいのです。
私たちには、いつだって出来ることがあって、
私たちにはどんなことだって考えることができる。
そして変えることができる。
そういう風に伝わっていってほしいです。
私は小さいころある本を読んでものすごいショックを受けました。
救いようのない結末に絶望し悲しみと悔しさで震えました。
私はその気持ちをひとり抱え消化できず…
その本を触ることさえも恐くなってしまいました。
あの時…それを誰かに伝えられていたらな、
だれかとその気持ちを共有して話しができていたらな。
と今でも思います。
なので、なるべくひとりぼっちではなく、読んだ後に一緒に気持ちを共有し合える誰かが居る環境で読んでほしいな、と思っています。
また、読み聞かせでこのおはなしを読んでいただく際にも
できるだけ、おはなしのあとでみんなで「どんなことができるかな」
て考えたりみんなで話したり出来る時間を作ってもらいたいな、と思っています。
現在、たくさんの方が幼稚園や小学校、ライブハウスや路上などで「ある犬のおはなし」の
読み聞かせをしてくださっています。ありがとうございます。
これからもたくさんの方の元へと、このおはなしが届くことを願っています。