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もし、私の大切な宝物を、どうしても誰かにゆずらなければならなかったら。
私は何を願うだろう。
「それは私の大切な大切な宝物です。どうか大切にしてください」
きっと、そう願うだろう。
命は、とつぜんここに現れたわけではない。
私の命も、あなたの命も、必ず誰かの宝物なわけで
どの命も「大切にしてほしい」という誰かの願いが込められているのだと思う。
犬や猫をペットショップのショーケースで見かけても
「この命は、この子のお父さんやお母さんの宝物」
とはなかなか思わないかもしれない。
でも、そこには必ずそう願う誰かがいる。
私たちは、お金を払い「自分のもの」だと思ってしまうかもしれない。
でもきっと違うんだと思う。
私たちは、この小さな命を
「どうか大切にしてください」と願っている誰かから
預かっているんじゃないかな。
誰かの大切な宝物を、預かっているんじゃないかな。
だから、そのことを決して忘れてはいけないし
いつか空へと還す日が来るまで、大切に大切にしなければいけないんだと思う。
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私たちが、ここにひとつの命として生まれてくることができたのは
私たちのおじいちゃんやおばあちゃんの、ずーっと前のおじいちゃんやおばあちゃんの
そのまたずーっとずーっと前のおじいちゃんやおばあちゃんの
お父さんやお母さんが
ここにある緑の森を大切に想い
ここにある水や
そこに住む小さな命を大切に想い
残してきてくれたからだ。
それはずっとずっと先の決して会うことの出来ない私たちの命を想って。
私たちは今、何を大切に生きているだろう。
会うこともできないずっと先の命を想って草や木、
水や空気に触れたことがあるだろうか。
まだ想像もしたことのない子や孫の命を大切に想ったことがあるだろうか。
その子や孫の、喜びや悲しみを想ったことがあるだろうか。
私たちの喜びは、その子供へ、その孫へと必ず繋がっている。
それは悲しみも同じだ。
私の子供の子供の子供が悲しい思いをしたら、その親である私の孫はきっととても悲しいだろう。孫がそうやって悲しんでいたら、私の子供は心配し、やはり悲しむだろう。
そして、その私の子供が悲しんでいるのだから…私は悲しい。
そうやって繋がっている。
そう思うと、ずっとずっと先の、きっと会うことのできない命を想うことができる。
そう考えた時、私たちには出来ることがたくさんある。
そのために考えるべきこともたくさんある。
命、それは決してひとつでは存在出来ない。
命、それはたくさんの、さまざまな命と支えあって存在している。
命、それはとても強く、そして儚い。
遠い先の命を想い、大切につないでいく
それがこの世に生きる命のありかたなのではないかと、今は思っている。
みんなは「命」をどんなふうに感じますか?
時々考えてみませんか。
命のこと。